平成18年6月定例会 討論   



私は外山議員とともに請願受理番号第1号、小泉首相に靖国参拝の中止を求める意見書提出についての請願書を採択すべきとの立場で討論いたします。

私はこの問題について3つの視点から討論させていただきます。

1点目は、靖国神社の使命、立場からであります。

まず、靖国神社に対する私の思いを述べさせていただきます。私の父方の祖父も昭和20年3月に南方で亡くなっています。父は16年10月生まれですので戦地に赴く前の父親、私にとっては祖父ですが、の記憶も全くないそうです。そんな父も遺族であり、私も遺族のひとりであり、祖父は英霊として靖国神社に祀られていることになっています。

私自身、祖父が先の大戦で亡くなっているにもかかわらず、今まで靖国神社に参拝したこともありませんでしたので、今回の請願を考える上で、急遽6月18日に参拝してまいりました。
靖国神社に到着すると、まず本殿に参拝し、散華された戦没者への感謝とご冥福を祈り、再び戦争の惨禍に巻き込まれることのないように祈念いたしました。

そして、靖国神社の思いの集大成とも言える、遊就館を見てまいりました。

遊就館は、「明治15年我が国最初で最古の軍事博物館として開館し、開館以来、一貫して、殉国の英霊を慰霊顕彰すること、近代史の真実を明らかにする」という立場を貫いています。
 そして、「近代国家成立のため、我が国の自存自衛のため、更に世界史的に視れば、皮膚の色とは関係のない自由で平等な世界を達成するため、避け得なかった多くの戦いがあり、それらの戦いに尊い命を捧げられたのが英霊であり、その英霊の武勲、御遺徳を顕彰し、英霊が歩まれた近代史の真実を明らかにするのが使命」と言っています。

遊就館での私は、1時間弱のドキュメント映画「私たちは忘れない −感謝と祈りと誇りを−」ならびに昭和32年に公開されました映画「明治天皇と日露大戦争」も約2時間、鑑賞しました。3国干渉後の国民の強い臥薪嘗胆の想いから国民の戦争突入への世論の形成過程を見ますと昨今の隣国に対する強いナショナリズムからの強硬姿勢と重なる思いでした。

そして展示物ならびにこうした各種映像を見るにつけ、戦没者に対する畏敬の念を持ちつつも、先の大戦すべてを肯定する姿勢には違和感がありました。また、近隣諸国に対する日本の加害者としての立場、歴史認識が全くありませんでした。そして、遊就館には英霊の写真はあっても、日本が侵攻した国々の人たちの姿はありません。加害者としての事実を無視し、戦争をアジア諸国独立のきっかけという一方的な美談にしています。
よく言われることに、殴ったほうは忘れても殴られたほうは忘れない、というのがあります。現在の日本は、まさにこれではないでしょうか。被害を受けた国々は、忘れることはできません。一方的に消し去ることはできないのです。

たしかに、国家の命令で、上官の命令で戦地に赴いた多くの先人に対しては、故郷を思い、家族を思う様々な思いを考えれば、私自身も言葉にならない感もあります。しかし、そうした戦争に無謀な形で突入するとともに、まともな終戦、停戦も敗戦濃厚の末期になるまで考えず、近隣諸国のみならず、日本国民に非常に多くの犠牲をもたらした当時の国家指導者、軍幹部に対する、指導者としての責任は免れないものがあると思います。

私は、単純にA級戦犯とひとくくりにするつもりはありませんが、そうした戦争指導者も合祀しているのが、この靖国神社であり、先の大戦をすべて肯定しているのが遊就館です。

そして、今、これらの事実が再度認識され、近隣諸国からの「小泉首相の靖国神社への参拝は取りやめてほしい」という思いは、戦争被害を受けた近隣諸国だけではなく、遺族でさえも、そうした思いの方々も多くおられます。
そして何より、戦没された英霊たちもこうした近隣諸国との緊張関係に快い思いはしていないのではないでしょうか。

戦争被害を受けた近隣諸国の皆さんが、また、多くの日本国民が、戦争指導者が合祀されている靖国神社には、政治家としてのトップである総理大臣には参拝してほしくない、という気持ちを持つことは、自然な姿ではないでしょうか。そうした思いを理解するもの政治家としての品格、器量ではないでしょうか。

首相は衆院予算委での答弁で、靖国参拝について「戦没者に対する哀悼のまことをささげ、二度とあのような戦争を起こしてはならないという気持ちで参拝している」と説明しています。
また、外務省のウェブサイトを見ますと「靖国神社参拝に関する政府の基本的立場」が次のように掲載されています。
「小泉総理は、今日の日本の平和と繁栄が、戦没者の尊い犠牲の上に成り立っているとの強い思いを抱いている。そして、祖国のために心ならずも戦場に赴き命を落とさなければならなかった方々に対し、心からの哀悼、敬意及び感謝の気持ちを捧げると共に、戦没者が目にすることができなかった今日の日本の平和と繁栄を守ることの重要性を自覚し、不戦の誓いを込めて、総理の職務としてではなく、一人の国民としての立場で靖国神社に参拝している。
 小泉総理の靖国神社参拝が、過去の軍国主義を美化しようとする試みではないかとの見方は誤りである。総理はかねて、靖国神社への参拝は、多くの戦没者に敬意と感謝の意を表するためのものであり、A級戦犯のために参拝しているのではなく、また、日本が極東国際軍事裁判の結果を受け入れていることを明言している。総理はまた、我が国が、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」ことを認め、「歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻むべきこと」や、「世界の国々との信頼関係を大切にして、世界の平和と繁栄に貢献していく決意」であることを、繰り返し表明している。 」というものです。

そうであるならば、近隣諸国の被害者としての気持ちをもう少し理解され、行動として参拝しないという判断をしていただくことを期待します。



そして、2点目は、経済的な損失から考えての参拝中止についてであります。

近隣諸国のなかで特に強く批判している中国、韓国とは、戦争の被害者と加害者というだけではなく、領土問題や経済問題という国益にかかわる課題も山積しています。中国とは尖閣諸島や東シナ海のガス油田問題、韓国とは竹島問題や排他的経済水域の境界線をめぐる漁業権交渉等であります。
そうした課題に対して、靖国問題で足もとを見られ、日本が強く主張できず、経済的な損失を被っているように思えてなりません。特定の企業が現地で不利益を受けるからというだけでなく、これらの問題に対して明確に日本の主張を実現するためにも小泉首相の靖国参拝はやめるべきと思います。



最後に3点目は、外交的な損失から考えての参拝中止についてであります。

 特に強く批判している中国、韓国、北朝鮮という国々だけではなく、他の友好国からも現在、疑問の声が上がっています。

先ほどは、大村議員よりアメリカからの声を紹介されましたが、私からは、(3月27日、読売新聞、論点)での、ヒュー・コータッツィ・元イギリス駐日大使の言葉を紹介します。
「首相の靖国参拝が中韓両国で挑発的と受取られているのは、A級戦犯の合祀だけが問題ではない。靖国神社の博物館(遊就館)が、戦争での日本の行動を美化しているかのように見えるからである。これらのことは日本政府が戦争責任あるいは東京裁判の合法性を認めていない、という印象を内外に与えている」というものです。

 こうした批判的な発言には非常に説得力があります。客観的に見れば「日本は第二次世界大戦について正当防衛だとし、美化している」と映ってしまうのです。そのような思想で成りたっている靖国神社に参拝し続ける小泉首相を問題視していることにほかならないのです。
 再度、彼の言葉を借りれば、「1931年から45年までに生じた事態を客観的に分析すれば、日本の指導者たちの行為が、彼らだけの責任ではないにせよ、結果として何千万人という死と筆舌に尽くしがたい苦痛をもたらしたことは間違いない。」ということであります。こうした各方面からの声も厳粛に受け止め、日本が国際的に孤立しないためにも小泉総理が靖国神社に参拝しないことを求めたいと思います。



最後に付け加えますが、こういう問題を地方議会として判断して意見書を出すことはなじまないという考えもありますが、近隣自治体をみますと東郷町議会が、今定例会で、衆参両議長ならびに小泉内閣総理大臣に対しまして原案を修正しつつも次のような意見書を提出しています。

「靖国神社に、日本国の首長である内閣総理大臣が参拝を繰り返すのは、日本の外交的、経済的な国益を大きく損なうことは明らかである。よって、小泉首相は靖国神社に参拝しないように強く要請する。」

また、昨年9月定例会では、武豊町議会が
「靖国神社には、日本の侵略戦争に責任を負うべきA級戦犯14人が合祀されている。靖国神社に、国を代表する総理大臣が参拝を繰り返すのは、政教分離を定めた憲法上からも疑義が指摘されている。また、甚大な犠牲を被った中国や韓国が、靖国神社への参拝中止を繰り返し求め、大きな外交問題となっている。よって、小泉首相は、絶対に靖国神社に参拝しないよう、強く要請する。」という意見書を提出しています。

こうした真に日本を愛する、国益を考える、多くの声を小泉内閣総理大臣に届けるべく、本市議会におきましても本請願に全議員の賛同を得て、採択されることを期待し、賛成の討論といたします。

 
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