| 平成15(2003)年1月30日 (木) 8時過ぎ、燃えるごみをごみステーションに出しに行った後、市民の方から電話が入り、いろんなご意見を頂く。30分くらいお話したが、朝の30分は、ちょっときつい。 その後、野見幼稚園を訪れ、園長先生と情報交換。民間移管の件や市長の野見幼稚園訪問の件など。 午後から環境事業団の豊田事業所を訪れ、地元説明会で配布された事業概要書をもらう。その資料をもとに専門家の意見も聞いて見るつもりだ。 私用で外出後、夕方には、あいさつ廻りも。 明日から小林おさむ先生の後援会の旅行に金魚の糞として同行。 先生の応援はもちろんであるが、しっかり私も宣伝させていただくつもりでいる。 |
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| 平成15(2003)年1月29日 (水) 午前中は、渡刈清掃工場に行き、「豊田市新清掃工場設置に係る環境影響の『評価書』の閲覧及び施設内の視察。 勤務体制や新清掃工場建設の件で意見交換も。 午後から、会社に行き、選挙ポスターの打合せと久しぶりに営業社員とともに昼食をとる。 その後、控室で各種資料に目を通す等。 20時からの市民の会定例会では、副代表からPCB広域処理施設の説明会報告と、私からの「枝下」の代執行の件、ダイオキシン・処分場問題愛知ネットの件、体験型交通安全教育施設問題について報告する。 雪や凍結が心配で珍しく22時前にはお開き。かみさん曰く「それだけ早く終われるんだったらいつももっと早く帰って」と。返す言葉もなく・・・。 |
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| 平成15(2003)年1月28日 (火) 8時過ぎに地元、第1宝来自治区の区長さんが、次期選挙の自治区推薦状を持ってこられた。ありがたいことです。 これで神池自治区、県営神池自治区の3自治区の推薦となった。 午前中は、県の選挙管理委員会に提出する後援会と政治団体の収支報告書の作成。 私が関係する政治団体は、「おかだ耕一後援会」と私が代表を務める「明日の豊田青年倶楽部」で、後者のほうは、有名無実の団体になっており、政治資金の出し入れも設立以来、一度もしていなかったので14年末をもって解散した(ことにした)。 だから、「明日の豊田青年倶楽部」の解散届も作成。といってもA4、一枚だが。 午後からは、14時過ぎに伏見で月1回行っているダイオキシン・処分場問題愛知ネットワークの会合に参加。 立田村、瀬戸市、豊橋市の報告と私からもPCB施設、枝下の産廃代執行、新清掃工場建設問題について報告。時間の関係で16時45分頃には失礼し、県(県庁)の選挙管理委員会に。 「おかだ耕一後援会」と「明日の豊田青年倶楽部」の平成14年度収支報告書と「明日の豊田青年倶楽部」の解散届を提出。時間ぎりぎりだったので15分程度で終了。 「おかだ耕一後援会」の平成14年度収支報告については、また後日報告いたします。 それから、豊田に帰り、私の勤務する会社に行き、選挙ポスターの打ち合わせ。 19時30分からは、小林おさむ前県議の後援会の企画会議。今後の方針等が確認された。私の方ももう少し何とかせねば。 |
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| 平成15(2003)年1月27日 (月) 今日は、逢妻衛生処理組合議会の12月定例会の議事録署名者として議事録のチェックをする。脱字だと思うが、原稿がおかしなところを1件指摘。 また、先日の視察報告書を作成。組合事務局に確認すると報告書の提出義務はないとのこと。適正な組合運営、施設管理を考えれば、公費を使わせていただき、視察に行っているのだから、報告書の提出もしないということは許されないのではないかと組合事務局職員に苦言を呈する。 しかし、明確な回答はなく・・・。 私の報告書は、更新履歴か視察報告書から入ってください。 |
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| 平成15(2003)年1月26日 (日) 自由の森大学 『 冬期特別講座 』2日目。ちょうど受講会場では、早稲田大学の入学試験等と重なり、大勢の方に紛れてしまい、道に迷ってしまったが、開始時間10分前には、今日も何とか到着。それでも一番前の席を確保。 ちょっと見上げなければならないが、特等席である。 筑紫哲也学長の基調発言に始まり、寺島実郎(株)三井物産戦略研究所所長、奥谷禮子(株)ザ・アール代表取締役社長の基調講演に続く。 休憩をはさんでフリーセッション。コーディネーターは、福岡政行副学長、パネラーは、大石田久宗氏、奥谷禮子氏、筑紫哲也学長で「『新しい公共』の創造」をテーマセッション。 会場との質疑応答の時間も設けたが、90分の時間があっという間に過ぎ、私には、質問の順番が回ってこないまま、13時30分にはすべて終了。ちょっと残念だったが、有意義な2日間であった。 そして何より、今回は、講座の受講料を入れ、55,000円ほどの公費を使わせていただいている。これからの市政に役立たせる義務がある。 もちろん、懇親会費8,000円は、公費ではありませんので念のため。 |
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| 平成15(2003)年1月25日 (土) 自由の森大学 『 冬期特別講座 』受講のため、名古屋9時29分発ひかり144号で東京に。12時33分到着。名古屋駅では、9時44分発のぞみ50号で出発される同じく受講される思政クラブの皆さんと会う。もちろん到着は、私のほうが遅く・・・。会場である早稲田大学西早稲田キャンパス14号館には、開校式開始の10分前に何とか到着。 片山善博鳥取県知事の基調講演に始まり、山田宏杉並区長、逢坂誠二ニセコ町長の基調講演と続く。 休憩をはさんで、田原総一朗氏の基調発言、山井和則衆議院議員、大石田久宗三鷹市生活環境部次長の基調報告後、「大転換時代、自治への挑戦!」をテーマにフリーセッション。コーディネーターとして田原総一朗氏、筑紫哲也氏、パネラーには、それまで発言された各講師と白鴎大学教授で自由の森大学副学長の福岡政行氏でのフリーセッションとなった。 内容が、盛りだくさんで消化不良になりそうだが、メモをとったものをしっかりまとめ直そうと思っている。 19時過ぎに終了し、その後、会場を変えて、懇親会に。他の参加者や筑紫学長、福岡副学長とも懇談でき、有意義な初日であった。 |
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| 平成15(2003)年1月24日 (金) 今日は、13時30分から理事者からの報告を受ける。内容は (仮)体験型交通安全教育施設の整備方針(案)について 豊田署の体制充実について 且}下の不適正処理廃棄物に対する代執行の実施について 構造改革特区の第2次募集について 14時から葬儀があったのだが、これらで遅れ、会場では、身内による初七日法要が行われていたので焼香もせず、会場の外からご冥福をお祈りする。 夕方からは、市役所の中間管理職の方3名と食事をしながら秘密の懇談。23時前までいい時間が過ごせた。 明日から2日間、自由の森大学を受講してきます。冬期特別講座です。 |
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| 平成15(2003)年1月23日 (木) 午前中は、私用外出と年末に受診した健康診断結果を聞きに医院に。 レントゲン写真も見たが、結果は、胃がん検査も大腸がん検査も問題ないと。これで思う存分、四月の選挙に臨める!? 午後からは、自宅で雑務とパソコンデータの整理等。今日も議会事務局からFAXが届くが、また、風邪で学級閉鎖のクラスが。私も気を付けたい。 また、中心市街地100円バスに新型車両を投入するそうだ。これについても再度報告したい。 |
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| 平成15(2003)年1月22日 (水) 10時から昨日に引き続き、逢妻衛生処理組合議会の視察。今日は、板橋区立エコポリスセンターに。 エコポリスとは、警察ではなく、ギリシャ語の「都市」で、環境都市という意味だそうだ。こちらも別途、報告書で。 19時前には帰宅し、20時過ぎから市民の会に。市政報告、今後の活動について話した後、小林、岡田の選挙対策についても。23時過ぎには終了。 |
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| 平成15(2003)年1月21日 (火) 9時に名古屋駅、新幹線改札前集合で逢妻衛生処理組合議会の視察に出発。 逢妻衛生処理組合とは、豊田市と知立市のし尿処理、汚泥処理をするための施設管理をしている一部事務組合で、組合議会には、それぞれ5名ずつの議員を出している。 そして、知立市の場合は、市長も議員となっている。 21日は、市川市役所で市の概要等を聞いた後、市川市衛生処理場に。平成12年完成の新しい施設で環境に配慮された最新の施設だった。 ただ、ランニングコストが当組合の処理場と比較し、かなり高く感じた。そのあたりは、別途、報告書にて。 また、市議会のサイトでは、インターネットの生中継と録画中継もされている。 一般質問はもちろん、議案質疑、討論、採決も中継されている。豊田市議会でも見習いたい。 |
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| 平成15(2003)年1月20日 (月) 今日は、1日、自宅で雑務。 夕方、市役所の窓口に一市民として訪ね、認め印を押印する機会があった。民間だったら、朱肉がついた印鑑をふき取るためにふき取り用のティッシュペーパーや布を手渡されるのだが・・・。環境に配慮して、やっていないのならいいのだが。 明日から、2日間、逢妻衛生処理組合議会の視察で市川市衛生処理場と板橋区立エコポリスセンターに行って来ます。 |
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| 平成15(2003)年1月19日 (日) 午前中は、友の会の仲間3人で野見、野見山町で会報ポスティング。約800部。 夕方から青少年活動協会14年度「新春の集い」に19時から開催の予定で家を出る。 財団法人豊田市青少年活動協会は、市からの出資による基金と、豊田市を中心として活動している青少年団体からの出資金を財政基盤として、青少年を対象とする社会教育の振興・発展を図ることを目的に昭和63年10月に設立されたが、社会情勢の変化、基金からの財源確保が困難なことから14年度をもって解散する。事業は、財団法人豊田市文化振興財団へ引き継がれることになる。私は、13年ほど前に「青年の翼」という事業でフィリピン、ミンダナオ島のダバオ、サウスコタバトに派遣、現地の青年と交流した関係での「新春の集い」最初で最後の参加であった。
18時30分ごろ到着したため、15分ほど、メグリアセントレを散歩。お客さんが少なく、ちょっと残念。時間が時間だからしょうがないか。18時45分頃、会場である名鉄トヨタホテルに到着するとびっくり、17時から開会であった。何たる失態。私の手帳には19時としていた。ビール1杯、1000円の会費でご無沙汰していた方々と懇談。あっという間にお開きとなる。その後、市子連の方々と2次会に。更に美里地区の方々と3次会に。時間は間違えてしまったが、有意義な1日であった。 |
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| 平成15(2003)年1月18日 (土) 10時から地元、第1宝来自治区であいさつ回り。日ごろ一緒に活動している小林おさむ前県議とともに後援会入会のお願いに廻る。約140軒を3時間半ほどかけて廻ったのだが、ご不在のお宅が多く、がっかり。 16時からは、地元後援会の定例会議。今日も欠席者が多く、少人数での会議となったが、選挙体制の件、キャッチコピーの件、ポスターの件等、懸案事項について議論でき良かった。3月議会と並行して選挙準備をせねば。 |
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| 平成15(2003)年1月17日 (金) 午前中は、自宅で事務処理後、会社に行き、選挙ポスター作成の打合せ。 午後は、控室で資料作成等。 最近は、毎日のようにFAX情報で風邪、インフルエンザの情報がはいる。私も気をつけたい。 また、建設部長が一身上の理由で17日付で退職されたとのこと。4月の選挙に出馬されるとの噂。次回の選挙は、市職員出身者が2人立候補されるようだが、40代前半くらいの若手職員の方が豊田市を憂い、豊田市職員を辞し、立候補とはならないようだ。他都市では結構あるのだが。本市の特性か。 以下、昨年の日記より 特にご報告することもないので1月17日について考えてみたいと思う。 記憶に新しいところでは 1991年1月17日には湾岸戦争が勃発。 1994年1月17日にはロサンゼルス大地震が発生。 1995年1月17日には阪神・淡路大震災が発生。 あまりいい日ではないような。 でも山口百恵、坂本龍一の誕生日でもあるらしい。 こんな日の35年前にも変なヤツも生まれている。(今年で言えば36年前) そう、私である。 早いものですね、年をとるのは。 初めての市議会議員選挙は95年の大震災の年でした。 「若さと情熱、やる気あふれる28歳、おかだこういち」と街宣でやっていた。 あれから7年、もう35歳です。(今年で言えばあれから8年、もう36歳です。) 人生は短い。 日々大切に精一杯生きようと思う。 37歳の誕生日も平凡に迎えられますように! |
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| 平成15(2003)年1月16日 (木) 今日は、8時半集合で県知事選挙の池住義憲候補のポスター貼りを行う。 私は、市民の会の仲間とともに勝手連として松平地区40枚強を担当。相棒の事前段取りが良く、12時過ぎには終了。昼食後、選挙はがきの宛名書きの手伝い。 池住選対は、無党派を強調するとともに現職議員や候補予定者の色が出ないように配慮され、選挙はがきについても現職議員や候補予定者からのはがきは、遠慮いただく方針とのこと。 おかげで私の名前では出せないが、他の方のはがきを汚い字で手伝うことに。15時半ごろには失礼する。 夕方からは、友の会の幹事長が情報交換会をセッティングしてくれ、居酒屋で懇談しながら会食。足助町民もいたので大いに小林おさむ前県議の宣伝もする。 こうして、35歳最後の夜は更けていった。 |
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| 平成15(2003)年1月15日 (水) 午前中は、自宅の資料整理。県営神池住宅での会報ポスティング。 議会事務局を通じ、稲武町面ノ木峠での風力発電設置計画の進捗状況について稲武町役場に情報提供をお願いしていた結果を聞く。現状は、なかなか進んでいないようで、設置の前提として新エネルギービジョン策定委員会を設置する必要があり、委員会設置が14年10月、14年度中に審議、計画をまとめるということであった。 稲武町と本市が、(豊田加茂圏域で)合併するかどうかは別の問題として、豊田加茂広域市町村圏事務処理組合の一員として圏域内で風力発電施設の設置の可能性があるのならぜひ、豊田市も協力すべきであると考える。「(仮称)豊田加茂圏に風力発電施設を作る会」代表世話人として個人的にも協力したいと思っている。 その他、サイト作成、後援会収支報告作成、資料整理等。 20時からの市民の会では、明日からの県知事選応援の件、今後の市民の会の活動について等。22時30分にはお開き。 |
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| 平成15(2003)年1月14日 (火) 10時から、1時間弱、加茂病院移転問題特別委員会。加茂病院の跡地利用についてと交通アクセスについて。跡地利用については企画課から説明があり、加茂病院サイドも売却を前提に進めたいということであった。市としては、建物は、解体してからの取得を考えているとのこと。中心市街地にまとまった用地取得ができる貴重な機会として積極的な活用を考えているようだった。委員会としては、いくつかの意見と質問が出たが、委員会としてどうすべきという議論まではいかなかったのは、残念である。 私からは、リハビリセンター機能の充実など、医療センターの機能の一部を跡地に移転すべきとの意見を述べる。その他、警察署の移転用地として考えるべきとの意見や緑化、オープンスペースを確保すべきとの意見もあった。新総合体育館建設に伴う、グラウンド確保については、全く検討しなかったとのこと。河川敷等で十分と言う考えだそうだ。私は、スタジアム、体育館と箱物をドンドン建設するより、広場や運動場を確保すべきと思うのだが・・・。 交通アクセスについては、福祉保健部より説明があり、今年度中に交通処理計画を策定する。15年度に都市計画道路である浄水駅中央通り線、豊田刈谷線を整備したいということであった。13年度に視察に伺った厚生連高岡病院で運行されていたような病院バスは、加茂病院サイドでは考えていないだろうということであった。アクセスについてもあくまで市がすべて考えなければならないのだろうか。 その後、中村敦夫講演会のビデオを見る。撮影者は、私の父であったので高いレベルの要求はできないが、一番おいしい映像が撮れてなかった。それは、中村敦夫さんが、講演終了時に私と小林事務局長に握手を求めてきた場面。4月の選挙時に事務所で使おうと思っていたのに・・・。下心がいけなかったのか。 14時からは、第3回社会福祉審議会児童専門分科会の傍聴。内容は、前回に引き続き、市立幼稚園、保育園の民間移管について。今日は、市立、私立の幼稚園、保育園の保護者の方8名が、この場に招かれ、意見を述べる機会を得るとともに委員からの質問に答える機会も得た。こうしたことは非常にすばらしいし、保護者のご意見を真摯に受けとめる委員さんが多かったことは、良かった。 しかし、司会である分科会長さんの意見のまとめと議事進行が最後におかしかった。多くの委員さんが、計画素案についてそのままでは、良くないのではないか、と言っているのに、逆の認識をするし、「この素案でいいですね」と議論を終了させてから傍聴者の意見を最後に聞くという進行。傍聴者として聞いておられた保護者の方も異議を唱えられた。私も最後に委員さんからの「保護者の方からの計画案」について検討がされていないこと、傍聴者の意見後に委員審議がされない、議事進行について意見を言わせていただく。子どもは、幼保に関係なく、同じ教育機会であるべきというのは、当然であるが、まず、現在の保育園のニーズと幼稚園のニーズ、移管優先順位を整理して考えるべきで、移管される法人の採算ばかり考えるべきではないと思う。21日にも審議会があるのだが、私は公務の都合で傍聴できない。残念である。その後、時間のある方、言い足りない方を交え、18時前まで情報交換をする。 帰宅後、大島町在住の市民の方から後援会報を読んだので話がしたいとお電話いただく。 幼保の民間移管について、豊田スタジアムの利用について、枝下の産廃処理の代執行について、4、50分話す。顔が見えない状態での長電話は、疲れますね。 皆さん、私は時間の許す限りいつでもお会いしますのでお電話で話すより、会ってお話しましょう。 |
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| 平成15(2003)年1月13日(月) 午前中は、私用で外出。 午後からは、昨日の講演会の写真データ、録音データの整理等。 16時からは、県知事選挙に向け、勝手連として無党派の池住義憲さんを応援するために選挙ポスターの掲示準備で両面テープの裏張り作業を19時まで行う。 新聞報道等でも話題になるが、個人的には、支持や協力を表明している政党が前面に出ないで頂きたいと思っている。しかし、勝つためにはどうなんだろうか。 |
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| 平成15(2003)年1月12日(日) 10時30分より地元の美里地区の新成人を祝う会に出席。第1部の式典でもざわざわして感じはあったが、特に問題なく、進行。記念行事も粛々と。パーティーについては、乾杯後、すぐに退席。新成人の皆さんには、挑戦する勇気と義務と責任もわきまえた大人になっていただきたい。と言いながら私自身は、どうだろう??? 一服後、夕方からの「中村敦夫講演会」の準備。 17時からは、市民の会のメンバーと中村敦夫さん、秘書さんたちとともに産文センターのレストランでカツカレーを食べながら懇談。18時頃から会場準備と受付開始。 18時30分から本番となったが、250名収容の会場(小ホール)で主催者を含め、190名ほどの参加者。集客としては、まずまずか。私から主催者を代表してお礼のあいさつと市政報告もさせていただく。中村敦夫さんの講演主旨としては、「小泉首相の唱える改革なくして成長なしということは、間違いで、もう成長しないということを認識して、経済成長しないでも幸福な生活を送れるように政治を行わなければならない」と。中村敦夫さんは、スケジュールの都合で20時には退席、質疑応答もできなかったが、いい話であったと思う。ビデオ撮影もカセットテープ、デジタル録音もしておりますので視聴されたい方は、ご連絡ください。 21時には、片付けも含め、全て終了。その後、会場を移し、反省会&市民の会新年会。みどりの党について、政党と労働組合について、労働組合の政治参加についてなど様々な議論をする。御用?組合出身の私としては、人生の大先輩の労働組合の政治参加の考えには、共感できないことばかり。 もっと労働(組合、運動)問題を研究しなければならないと痛感。市民運動派の私としては、労働運動派の方々とは平行線のような気もするが。 自称、「新党さきがけ 豊田支部長」の私としては、非常に有意義で光栄な市民集会であった。 |
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| 平成15(2003)年1月11日 (土) 9時30分より消防出初式。ひとつ残念だったのが、2種類あったはしご車の1つ(高層ビル用)が、途中で止まってしまったこと。結局、出初式が終わるまでには復旧せず。原因究明をしっかりしてもらい、実際の災害時に絶対にこうしたことが無いようにしてもらいたい。 13時過ぎから産文センターにて法律相談。14時頃には、失礼したが、6組ほど来られ、あまりの多さに1組が帰られたようだ。私も行政相談として1件話を聞く。 14時過ぎからは、市駅西ペデストリアンデッキにて「中村敦夫講演会」のビラまきを実施。1時間ほど行ったが、昨日と同じくらいの割合で受け取ってもらえず。本当に集客が思いやられる。 17時からは、岡田耕一友の会の定例会&新年会。10名ほどの参加で有意義な議論と楽しい新年会ができた。少数激戦の厳しい選挙になりそうだが、多くの方のお手伝いを頂き、頑張りたい。候補者心理として1つ難しい選択を迫られているのが、街宣車(選挙カー)を出さないという提案。ん〜難しい。有権者の1人としては、選挙カーほど、迷惑なものは無いのだが、候補者としては・・・。後援会にも、市民の会にも諮ってみようと思う。 |
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| 平成15(2003)年1月10日 (金) 朝7時から、豊田市駅付近で「中村敦夫講演会」のビラまきを実施。1時間半ほど行ったが、あまり受け取ってもらえず。250人収容の会場は果たしてどうなるか。ぜひ皆さんお越しください。 その後、控室で資料に目を通したり、市民集会のあいさつ文を考えたり、今後の豊田市政の取り組むべき課題を整理したり。 |
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| 平成15(2003)年1月9日 (木) 午前中、昨日もらった松葉によるダイオキシン調査結果報告書(速報)を見る。以下、要約 1、目的 本調査は、渡刈清掃工場周辺の大気中ダイオキシン類の状況を把握することを目的とする。 2、分析項目 ダイオキシン類 ポリ塩化ジベンゾパラダイオキシン7異性体及び同属体、ポリ塩化ジベンゾフラン10異性体及び同属体 3、サンプリング 採取地点は清掃工場の南西側に位置する渡刈町内から5地点、北東に位置する河合町、今町内から6地点の合計11地点から採取。距離は、清掃工場を中心にそれぞれ1kmまでの範囲。 4、分析機関 Maxxam Analytics Inc.(カナダ・オンタリオ州) ISO/IEC Guide 25/17025 取得 5、測定分析結果 松葉(クロマツ)に含まれるダイオキシン濃度
6、全国データとの比較 今回の測定値(1.81pg−TEQ/g)は、先行調査している首都圏や関西圏の平均濃度が、3〜5pg−TEQ/gであることから発生源周辺を対象にした調査としては、低い濃度となっている。 しかし、国際的には、欧米諸国の松葉のダイオキシン類濃度は、1.0pg−TEQ/gを下回っていることから決して低いものではない。今後は、濃度がより低くなるようにいっそうの運転管理を求めるとともに市民のごみ減量努力も必要。 この結果を見ると現状の渡刈清掃工場周辺の大気中ダイオキシン類濃度も極端に悪いということではなく、一安心ではあるが、国際的には、決してほめられる数値でもない。 今後、新清掃工場建設問題もあるが、継続的に調査し、皆さんにも報告できるようにしたい。 他には、人口統計、その他資料に目を通す。 |
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| 平成15(2003)年1月8日 (水) 9時半頃、市営東山、県営渋谷住宅への会報配布をしていただける方へ会報を届ける。 控え室では、昨日配布された「豊田市新清掃工場設置に係る環境影響評価書 要約書」、年末に配布された「定期監査報告書」等の資料を読む。 新清掃工場は、いよいよ着工に向けて最終段階に入る。1月21日から2月20日まで「豊田市新清掃工場設置に係る環境影響評価書」の縦覧に入るが、準備書のときは、意見書も提出できたが、今回は、そうした機会もない。あとは、粛々と待つだけしかないのか。三井造船に代表されるような受注の工作資金の問題や溶融スラグの利用を含む安全面の問題、コストの問題等どうしてもガス化溶融炉に対する不安が消えない。 話は変わるが、市の公式サイトを見ると監査委員事務局による私たちが住民監査請求した「住民監査請求に係る監査結果報告書(平成14年12月24日)」が掲載されていた。特に17,18ページを見ていただきたい。杜撰としか言いようがない庁内体制であることがわかる。そして、監査委員事務局がどのように言い訳しようか苦心した努力の跡も見られる。ぜひ一度、多くの方に全文を見たいただきたい思う。民間に勤める方でしたら怒りがこみ上げてくるのではないだろうか。公務員でも心ある方なら当然同じ思いだと思うのだが。 また、私が現在会員となっている「虹と緑の500人リスト運動」のメーリングリストで話題になっていることがあったので議会事務局で確認してみた。それは、傍聴人の録音、撮影の許可に関する件である。 小金井市議会では、昨年の6月議会からOKになったそうです。 本会議、委員会、協議会とも傍聴券交付時に申し出ることになっているとのこと。議会運営委員会の視察で行った柏崎市でOKになっていたことから すんなり決まり、 9月にはビデオ撮影していた傍聴者もいたそうです。 そこで、議会事務局で確認してみると「報道関係者以外は、先例がない。」ということであった。豊田市議会傍聴規則を見ると第14条で「傍聴人は、傍聴席において写真撮影、録画、録音等をしてはならない。ただし、特に議長の許可を得た者は、この限りではない。」となっている。純粋に解釈すれば勝手に撮影等をすることは許されないが、事前に許可を求めれば市民の傍聴であっても許可される可能性はあるということだ。しかし、事務局職員と話してみると明快な回答はなかった。事前に撮影、録音許可を求める市民もいなかったからであろう。むやみやたらにストロボ撮影等で議事進行等に支障が出ると言うなら考える必要があるが、それなら、議長がその場で退場を求めればいい話である。テレビやインターネット中継の時代に何のための禁止か分かりませんよね。本市議会では、テレビ放映、FM放送もされているのだから。私が議員でいられる間、おかしな点、疑問点、一般常識から見て非常識な問題の解決に向けできる限り頑張っていきます。 20時からの市民の会では、私からの市政報告のほか、1月12日の中村敦夫講演会の件、知事選対応、松葉によるダイオキシン調査結果について話し合いがされた。松葉によるダイオキシン調査は、渡刈清掃工場付近の検体(クロマツ)を1検体14万円かけてカナダの研究機関に測定してもらったのだが、明日以降、しっかり中身を検証してみたいと思う。 |
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| 平成15(2003)年1月7日 (火) 今日は、10時30分から全員協議会。議題は、 1、第2東名・東海環状の整備状況並びに(仮)豊田東IC開通記念行事について 2、市民文化会館大ホールの休館について 3、平成15年度 議会費当初予算について 1は、(仮)豊田東ICが、3月中頃に供用開始になるために開通記念プレイベントを3月8日に市と関係自治区の共催で実施するというもの。 2は、本市での構造耐震指標基準値0.7のところ0.46しかない市民文化会館大ホールの耐震補強工事をするために12月10日から16年3月31日まで休館とすること。ちなみに小ホール、展示室については休館しません。耐震工事費概算で3億円程度の予定。 3は、市議会サイトの会議録検索システム公開のための委託料45万円、3年ごとに買い換えるという議長公用車購入費約560万円等を含む予算要求について。私が予てから求めていた市議会サイトの会議録検索システムがやっと導入される見通し。まずは、よかった。議長公用車廃止を求めている私としては、購入費560万円もさることながらリースとの比較検討すらしていないことに異議を申し立る。私は、公務多忙な市長などの特別職や議長の公用車使用をやめろと言っているのではなく、市が高級車を購入し、維持管理しながら使うというのではなく、少しでも経費削減を考え、リースでの使用やハイヤー方式の導入等の検討を求めているのだ。財政的に豊かな本市では、なかなか私の意図は伝わらない。残念でならない。参考までに今までの車は、約250万円で下取りの予定だそうです。3年落ちのセルシオが250万円?ちょっと安すぎるような・・・。しっかり入札をしてもらいたい。 全協後は、各会派に分かれて理事者からの報告を受ける。内容は、 1、鞍ケ池SAを活用した地域拠点整備事業協議会について 2、(仮)若宮駐車場整備について 1については、東海環状自動車道(仮)鞍ケ池SAを活用した地域拠点整備事業を行うために「国土交通省中部地方整備局」、「日本道路公団中部支社」、「愛知県」、「豊田市」にて協議会を14年11月に設置し、各種検討調整をするというもの。 2については、15年9月には駐車台数506台で完成予定の(仮)若宮駐車場整備についての説明で1月16日に制限付一般競争入札をおこなうとのこと。参加資格は、大手+市内業者による特定建設共同企業体である。駐車スペースとしては、参合館駐車場等のような高さ・車幅制限がないように考慮したとのこと。 13時30分から17時頃までは、市民文化会館で開催された第25回豊田市教育推進大会に出席。表彰等の式典後に松平中学校生徒による「松平わ太鼓」と「新・松平音頭」の披露があった。どちらも若者らしい力強い演技で、鳥肌が立つほどのすばらしさであった。多くの方にもぜひ見ていただきたいと感じた。 第2部では、電通パブリックリレーションズ元顧問の田中正博氏による「学校における危機管理の在り方」と題した講演会。第1部終了時に多くの議員も退席されたが、聞かなければもったいないと感じる内容であった。レジュメにそって講演され、わかりやすい内容であった。講演終了後、学校教育課長に「市職員さんにも聞いていただきたい内容ですね」というと「たぶん聞いているんじゃないですか」ということであった。いい話、参考になる話は本当に多くの方に聞いていただきたいと思う。 その後、産文センターで今週末の中村敦夫講演会の会場打ち合わせ。こちらもすばらしい話が聞けると思いますのでぜひ多くの方のご来場をお待ちしております。250席しかありませんのでお早めに。 夜、豊橋に住む親友が、出張で豊田市に来たと言って急に連絡してきたので夕食を一緒にする。楽しいひと時であった。 |
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| 平成15(2003)年1月6日 (月) 朝起きると、一面雪化粧。皆さん、事故等なかったですか。 私は、9時頃から1時間程度、後援会報の追加分発送準備をし、郵便局に持っていく。その後、年末に健康診断を受けた内科に。 11時からは、市の新年あいさつ会の会場である市民文化会館に。来賓あいさつの中で出席された県議の話の中で知事選挙に関連して「万博、空港建設の中止を主張される候補がいるということを謙虚に受け止め、情報を発信していないことを反省し、おごり等がないか、見つめ直す必要がある」旨の発言をされた。またくそのとおりだと思うし、市についても謙虚さをもっと持つ必要があるのではないかと感じた。 午後からは、資料に目を通したり、サイトの更新、メールの返信、市民集会のあいさつ検討等。 18時過ぎには退庁し、先日メールをいただいた方へ、後援会入会リーフをお届けにあがる。まだ、時間が早かったせいか、帰宅前でお会いできなかったが、奥様に手渡す。 19時からは、私が勤務している(と言っても5月まで仕事はできませんが)会社の新年会に参加。お店のスタッフの方の話では、忘年会も新年会も厳しいとのこと。市議として、景気高揚策として何ができるのか悩んでしまう。 |
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| 平成15(2003)年1月5日(日) 午前中は、年賀状の返信書き。 12時過ぎから東山町内で会報ポスティング。途中、今日も右足首を・・・。痛っ!どんくさいですね。その後、配布ペースが落ちたのは言うまでもない。休憩を挟んで18時頃までに700部以上は配れたかな。途中、共産党の豊田民報を拾う。こちらも負けてはいられません。 18時過ぎから新規後援会加入者の名簿入力作業。1時間半くらいかけて入力したのだが、最後に操作を間違えてデータを消してしまった。その後、同じ作業を行ったことは言うまでもない。 今日は、情けない1日でしたが、激励のメールももらい、新たな意欲も。明日からも頑張ります。 |
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| 平成15(2003)年1月4日(土) 今日は、9時過ぎから五ケ丘在住で会報を配って頂いている3人の方へご挨拶方々、会報を届ける。10時からは、市民の会の仲間とともに6人で五ケ丘で会報ポスティング。昼前には、終了し、その後、食事をとりながらミーティング。 午後からは、1人で昨日配りきれなかった美里3丁目と4丁目の1部で会報ポスティング。中村敦夫講演会の案内も挿んでいるためとにかく12日までにできる限り多く配りたいと思っている。50部から100部でもお手伝いいただける方はぜひご連絡を。 昨日は、メールを頂いたご紹介をしたが、今日は、保見ケ丘在住の方から会報を読んだとお電話いただいた。現状の豊田市に大きな不満をもっておられるよう。今後のご支援と、お会いする約束をする。 |
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| 平成15(2003)年1月3日 (金) 午前中は、第2宝来自治区の会報ポスティング。昨日、購入した靴で喜んで走りながら配っていたのだが、途中、階段を下りたところで右足をひねる。 そのときは、あまり痛みがなかったのだが、午後から美里3丁目の会報ポスティングに出かけようとしたら、相当痛む。とりあえず、湿布を貼り足首をガムテープで固定し、出かける。ほとんど痛みはなく、快調だったが、100部ほど配ったあたりから雨が強くなり、配布を断念する。足のために休めということかと勝手に解釈する。 夕方からかみさんの実家に新年のごあいさつ。しっかり飲んで食べさせてもらった。 夜、メールをチェックすると「会報bP7を初めて読ませて頂きました」とのメールを頂く。いろいろな情報とともに「久しぶりに選挙をやる気持ちになってきました。入会リーフレット送ってください。」とありがたいお言葉も。明日からも頑張ろう。 |
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| 平成15(2003)年1月2日 (木) 午前中は、地元、第1宝来自治区で会報ポスティング。いつもは、後援会の方が配って頂いているのだが、新年くらいは・・・ということで私が配布。 午後からは、初詣に大須観音に出かける。なぜ、観音かって?それは、かみさんが、大須で買い物をしたいと言ったからです。 車で行ったのだが、駐車場もいっぱいで大変でした。こんな時は、公共交通機関を使わなければね。結局買ったものは、私の運動靴のみ。 |
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| 平成15(2003)年1月1日 (水) いよいよ、今日から2003年、平成15年のスタート。今年は、とうとう改選時期がやって来ます。 私も補選で当選させていただき、あっという間の3年でしたが、引き続き議席をいただけるよう精一杯頑張りたい。 と言っても定数40名で41,2名の立候補という少数激戦の選挙が想定され、前回の選挙から1000票以上の上積みが必要な私としては、相当の苦戦を強いられそう。 多くの皆さんのご支援をお願いしたいと思っています。本年もどうぞよろしくお願い致します。 今日は、年賀状の返信、小林おさむ前県議の新年のあいさつ会に出席等。 夜、「歴史は繰り返す」というテレビ番組を見た。ローマ帝国の栄枯盛衰と昨今の米国を比較していたが、私は、豊田市がローマ帝国になってしまっているのではないかと心配になった。 そうならないために議員として今年もしっかり監視、提言していきたい。 それから、公職選挙法第147条の2で「公職の候補者は、答礼のための自筆によるものを除き、年賀状、その他これらに類するあいさつ状(電報その他これに類するものを含む。)を出してはならない。」となっていますので、新年のご挨拶は失礼致しております。 |
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