おかだ耕一の北米視察日記

(あくまで備忘録的なものですのでご了承ください。視察報告書は別途作成します)
現地で作成した日記を再編集していますので日記の表現としては、おかしなところもありますが、ご笑覧ください。

※特に全く公務とは関係ない、個人的な自由時間の行動も
ご批判を受けることも覚悟の上で、詳細?に記述していますが、
視察団の行動とは全く関係ありませんのでご承知おきください。

7月26日(月)

出発。かみさんに集合場所である名鉄トヨタホテル前まで送ってもらう。出発前、視察先への土産を入れたか不安になり、スーツケースを確認。
 なぜか助役がいると思ったら新川事件の件で答申書が出されるとの報告が。答申書には期待せず。空港からB-747搭乗後、ビジネスクラスへ。1階もあったのだが、2階に。やはりビジネスクラスは私にとっては分不相応と感じた。前回のシートよりも機能が充実。ほぼフルフラットになる。夕食は、和食がきれて残念。そのお詫びか、デトロイト空港で使えるという$10分のチケットを渡される。
 夕食後、仮眠。3時間程度眠ったか?デトロイト時間で6時30分頃、目が覚め、ハリウッド映画を1本見る。その後、新川事件の答申書を精読。想像していた以上に、調査委員会は、いい仕事をしたという実感。なかなかの報告書である。職員の努力の中で担当部長の不用意な発言、加藤前市長の無責任な発言が、事態を大きくしたということが分かる。この問題について9月議会で取り上げたい想いが沸々。その後、雑誌に目を通し、デトロイトに到着。リクエストしたカップヌードルがうまかった。
 空港では、もらった団員から集めたチケット5枚と神谷さんのポケットマネーをプラスし、ホットドッグ、ジュースを購入。ホットドッグは何も付けなくても塩辛く、私の飲んだグレープフルーツジュースはとても甘かった。
 デトロイトからは、定刻から40分遅れで離陸。トロントからは、バスでナイアガラまで移動。車中、ほぼ爆睡。渋滞していて相当時間がかかったようだが、全く気づかず。
 ナイアガラの滝は初めてだったが、公費(公務)でない、オプション(積立金から徴収予定)として全員参加したが、すごい迫力だった。こうした機会を与えてもらったことに感謝。
 トロントのホテルまでは、渋滞もなく、順調に。22時前には到着。解散。
部屋でごそごそしていると、まもなく、ポーターがチャイムを。スーツケースをもらう。女性のポーターだった。こうした仕事も女性の社会進出が進んでいると変に感心。チップとして1カナダドル渡す。
 その後、持参したノートPCに写真画像を移し、各種機器の充電も。私は入浴しながら洗濯も。1時30分頃、就寝。

7月27日(火)トロント、ブランプトン

 7時に目覚ましをかけるも7時30分のモーニングコールで起床。1階のレストランでバイキング方式の朝食を済ませる。
 9時には出発。予定より早く出たため、バスで州議事堂、オンタリオ大学にも寄り、見学も。
 10時から交通局での視察。オフィスでの説明は11時20分頃には終了し、現地調査に出かける。まずは一番近くのバス停から路線バスに乗る。このバス停には、路面電車も止まるし、身体障害者対応車両も来るという。ただ、車両のバリアフリー化を進めているわりには、休憩ブースと歩道の間に大きな段差が。こちらからの整備も必要だろう。そして、地下鉄、路面電車、路面電車と乗り継ぎ、終了。路面電車のシートは少々硬めだった。そして、昼食会場へ。
 中華料理のランチ後は、バスでPARプログラムの視察会場に。視察開始後、大変?なことがわかった。PARプログラムの視察先は、トロント市ではなく、隣接するブランプトン市だという。
 視察は、14時過ぎから16時までの予定だったが、若干質問時間を延長し、16時20分頃まで行う。皆、お疲れの様子。
 夕食は、ステーキハウスに。ブルージェイズ対ヤンキースが、19時5分から始まると言うので添乗員さんの案内で9名徒歩で球場へ。添乗員さんにチケットを「9人一緒に観戦できるエリアで」ということで購入してもらう。結局ライトスタンドの2階席で、21カナダ$だった。
 我々の大多数は、松井のいるヤンキースを応援しているようだったが、私は、松井を応援しつつも地元トロント・ブルージェイズを応援。途中、ブルージェイズの野球帽も24.99カナダ$で購入。
 席の前には、元気な若者達(男性3名、女性2名)がいて、私とも片言の英語で会話をした。彼らは、地元の人間だが、ヤンキースを応援していると言う。そのうちの1番元気な青年は、家族そろって以前からヤンキースファンだと言う。しかし、私の隣の青年は、唯一ブルージェイズを応援していたようだ。前に座っていた2人の青年は、途中何度かスタッフに呼び出しをされ、注意を受けていた。ヤンキースが逆転した時点でスタッフも腹を立ててか、再度呼ばれ、退場処分に!?呼び出された2人とともに他の連れも球場をあとにしたようだ。
 9回表には、他の議員は帰られたが、私は、1人、最後まで残る。9回裏はブルージェイズが2点を返したものの7対4でヤンキースの勝ち。松井は、4打席、2打数安打0、2四球。10時30分終了。急いでホテルを目指すも、道を一本、間違えたようで遠回りしていた。途中、履きなれた靴にもかかわらず、靴擦れを起こす。最悪である。
 そして、痛い足を引きずり、23時にホテルに到着。着替えて、画像データ、音声データをPCに。そこでとんでもないことに気づく。PARプログラムの録音データを消去していたのだ。あ〜あ。
2時頃就寝。

7月28日(水)トロント、ピッツバーグ

 6時起床。7時過ぎ、バスにてトロント空港へ。空港では(飛行機が到着していなかったのか)なかなか搭乗手続きをしてくれず、1時間遅れの10時40分発となる。実際は11時に離陸。
 12時にはピッツバーグ空港に到着し、ランチ会場へ。本来は、12時からピッツバーグ市議会の議長さんと会食となっていたのだが、13時頃からと遅らせていただく。
 イタリアンのお店で2テーブルに分かれ、議長さんと彼のスタッフと一緒にランチをとる。私は、残念ながら(遠慮して)違うテーブルの方に。
 食事が出るのも遅く、14時頃にランチ終了。その後、市庁舎へ。会議室で話しを聞くと思っていたらいきなり議場へ。議場の傍聴席で説明を聞く。私は、説明いただいた「市民が25名以上の署名を集めれば議会で発言する機会を得る」ことについて詳細な質問をする。その後、市長執務室等を見学も。あまり時間の余裕がなく、質問時間もちょっと足りなかった。議会での市民の発言についてこれから研究してみたいと思っている。
 デトロイトに向かう飛行機は今度は、定刻どおり、出発。そして、無事、ホテル着。ホテル内のレストランで夕食。その後は、社会見学のため、ホテルからタクシーで5分程度の距離にあるカジノへ。1セントもかけずに0時頃には帰った。

7月29日(木)デトロイト、レキシントン

 今日は、ぎりぎりまで睡眠。8時20分集合で団ミーティングを行い、8時30分過ぎには、ホテルを出られそうだったのだが、現地ガイドさんが来ない。理由を聞くと今まで使っていた駐車場が月ぎめに変更になっていて、次に入ろうとしたホテル下の駐車場も入り口で事故、それも発券ができなく大幅に遅れたとのこと。2点目、3点目は仕方がないとして1点目は、事前の確認をしておくべきだろう。私自身に置き換えてわが身を省みる。
 9時前には、出発するも今度は、デトロイト庁舎前で入り口が違う、チェックをどうするかでウロウロ。このあたりも団員にフラストレーションが募る。なんとか、クリアし、市長室?に到着。今日の市長スケジュールは、事前にわかっていたことだが、ボストンで開催されている民主党の党大会に出席で留守とのこと。代わりにNO.2?のCOOのメザ女史が丁寧に対応くださる。
 いきなり、団員とメザ女史&ビジネスアナリストのステワート女史との名刺交換が始まる。財布に名刺を入れていてよかった。そして、ガイドの岡本さんとも。必要ないといえばないのだが。
 本来、団長あいさつから始まるのだが、いきなりメザ女史から話しが。タイミングを見計らい、女史の話しを遮る形で団長がお礼のあいさつ。そして、簡単な市の話し、質疑応答と続く。議会の調査事項は、項目が届いていなかったとか。これは、秘書課対応か、事務局対応でなかったのか。
 いくつかの質問後、私からは、COOになったきっかけ、担当の職務等を質問する。その後、市長執務室、COO執務室を見学させていただく。その時、今日は、議長さんがいるということが分かり、表敬訪問することに。
 しかし、実際は、議会が行われていた。会議中に、我々、視察団の紹介、高木議長(団長)の紹介もしていただき、恐縮する。今日は、ちょうど(議会が求めた)証人による意見陳述の場を見ることができた。昨日のピッツバーグといい、デトロイトといい、住民の意見を聞こうという姿勢は、見習うべきだろう。例え、制度が違おうとも。その後、再度、会議室で議会に関する質問もさせていただく。
 そして、空路、レキシントンへ。空港到着後、いったんホテルに。急いでシャワーを浴び、ケンタッキー州日米協会主催の夕食会に。もっと多くの日本人が来られると思っていたが、アメリカ人の方が多いという印象。日本人とも、日本語が話せるアメリカ人とも話しができ、良かった。だんだん会場から人が減り、お開きに。あまり食事はできなかったが、いい会であった。総領事とは名刺交換のみ。あまり話はできず。

7月30日(金)レキシントン、ジョージタウン 曇り時々雨

 今日は、6時起床。シャワーを浴びて6時30分には朝食をとる。食後、スーツケースの準備をし、7時30分ぎりぎりにドアの外に。その後、昨日の日記を8時まで。8時には部屋をあとにし、集合場所に。そして、8時30分にはホテルを出発。
 9時からトヨタ自動車ケンタッキー工場に。受付では、カメラを回収される。機密保持のため、当然と言えば当然か。最初に工場内を保護めがね着用で専用車に乗って見学。説明は、専用イヤホンを着用。ICレコーダーでは、録音ができないため、音声を聞き取りながら私がレコーダーに向かって話しをする。後で確認したが、あまり聞こえない。それにほとんどが、知っていることや説明資料でいただいたものに記入されていた。
 見学後は、ビデオを見る。すべて英語であったため、録音しても無意味なのだが、一応録音する。その後、会議室で副社長の吉貴さんとシニアアドバイザーの杉原さんによる説明と質疑応答。私からは、社員や家族からの要望事項の把握について、特に帰国後の行政サイドへの要望事項がないかを尋ねる。やはり、教育問題が一番の課題のようだ。
 12時30分頃には終了し、日本料理店、橘(たちばな)へ。日本人補習校のPTAの方々と会食懇談。私の席は、梅村さん、小島さん、そして、通訳さん、TMMKで案内いただいた杉原さんの奥さん、そして、途中から小原出身で藤岡町深見在住の方と同席。   
 やはり話題の中心は、お子さんの教育問題。高校進学の問題、希望大学を考えた時の高校進学問題。南山国際は、文系はいいが、理系での進学は難しいとか。奥様方のボランティア活動は、教会での配食サービスなど。
 会食の終了し、別かれ際に名刺代わり私の後援会報3号(21,22,23号)セットで同席された2名に手渡す。奥様方は、そのままミーティングのようだったので失礼ながら皆さんにもお渡ししていただけたらと10数枚置いてきた。席を離れると「おかだこういちさん・・・」という声が。とりあえず良かったか?
 その後、アトランタ行きの航空機の出発時刻まで時間があったため、バーボン工場の隣接ショップで買い物。私は飲めないが記念に1本バーボンを購入。さらに大型ショッピングセンター見学。1時間弱、何も買わず。
 17時50分、予定時間通り飛行機に乗り込み出発。19時30分頃到着。20時過ぎには、ホテル到着。21時集合でホテルレストランで楽しく会食。22時頃には、お開きとなり、部屋に帰り、洗濯をする。そして23時頃から夜のアトランタのミッドタウンを徘徊し、団員と2名でバーで飲む。議会運営の話、その他もろもろの話しに花を咲かせる。2時頃、戻る。その後、洗濯の続きを。2時30分頃、就寝。

7月31日(土)アトランタ、ユニオンシティ 曇り時々晴れ

 ちょっと朝がつらかったが、7時には起床。シャワーを浴びて、朝食。岩月さん、神谷さんと同じテーブルで。
 土曜日ということで道がすいており、予定時刻の30分前には、到着。視察先のクリスチャンシティではそれでも快く、受け入れていただく。
 こちらは、中所得者以下の高齢者ビレッジだが、家庭内に問題がある子ども達の一時避難的な施設も併設している。個人や企業からの年間3億円の寄附があって成り立っていると言う。。そのあたりは、日本との税制上の制度、風土が違うと言うことか。
 会議室での説明後、質疑応答時間があったのだが、時間の関係で私までまわらず。スタッフとのランチ時に質問の機会を得るということになる。
 ランチは11時30分からバイキング方式で。こんなボリュームのあるものを高齢者が食べるのかと思っていたらこれらはスタッフ用とのこと。高齢者は12時から違うメニューを。また、2階(上の階)では、介護、サポートが必要な高齢者のための決まったメニューがあるそうだ。私達のテーブルでは食事担当のスタッフが同席され、質疑応答も。高齢者と子ども達の交流は、イベントとしては、クリスマス会のみ。あとは、基本的に行き来は、制限されている。(高齢者がボランティアとして家庭教師などをする場合は除く)これは、家庭内に問題があった子ども達ということで細心の注意を払っているかららしい。
 その後、施設内を案内してもらうが、独立した住居が永年リース料として、入居時に300〜600万円。管理費(光熱水費等)として月々3、4万円。これは我々の感覚からするとあまりに安すぎる。長いと4年待ちというのがわかる。それも10年以下で退去するとリース料も期間に応じて返金されるとのこと。こうした料金設定は、200人もいるというボランティアスタッフの確保と年間3億円という寄付があってのことだろう。日本では、難しいだろう。
 豊田市でもこうした施設を考えた場合、健康な方の住居からアシストリビングに、そして、ナーシングホームへと身体機能の低下が進むにつれ、管理コストがかさむので税金投入をどこまでできるかが課題だろう。
 14時前には、クリスチャンシティをあとにして、アトランタ歴史センターに。ここからは、公務ではなく、土日の休暇と言う位置付け。歴史センターでは、すぐにスワンハウスに行き、ボランティアガイドさんの案内と私たちの現地ガイドの通訳で施設内を見学。やはりここでもボランティアが活躍されている。このあたりがアメリカの良さだろう。施設内見学後、私と岩月さんのみ表玄関に。他のみんなはバスで案内されるということから歴史センターの方に。私もその後、そちらに向かう。みんながうまそうにコカコーラを飲んでいたので私も頼む。ショップで頼む500ccほどのカップで$1.25、加茂さんや森さんのように外の自販機でPETボトルを買うと600cc弱で$1だ。失敗したかな。でも元大統領のレーガンさんが描かれたオリジナルポスターも見ることができたので良しとする。
 その後、歴史館を見てまわるが、見始めたら時間が足りなくなってしまった。とても残念。集合後、バスでスワンハウスの玄関方面に行くが、遠くからであった。近くで見た私の選択は間違いなかった。
 16時30分頃、ホテルに到着。ブレーブス対メッツの野球を見る組は17時30分集合。行かない組は18時45分集合。ということでどちらでも対応できるように余裕を持って入浴。しかし、入浴後、外と見るとやはり雨が降りそうな気配。集合時間前に太田さん、都築さん、小島さんが呼びに来てくれたが、タオルを腰に巻いた状態で行かないことを告げる。
 その後、若干、日記を書く。でも睡魔が。30分程度仮眠。イブニングコールに起こされ、集合場所に。夕食は、10分程度で歩いていけるレストラン。前菜、メイン、デザートを順に頼む。途中の会話の中で「今まで泊まったところで三ツ星ホテルなんかないですよ」と聞く。そういえば・・・。ここシェラトンも五ツ星とか。個人で泊まればチップも$2くらいという。今後、配慮せねば。
 食事のボリュームも多く、ビール2杯で腹12分目となる。食後、みんなと分かれ、近くの公園まで散歩して帰る。21時近くと言うのにサッカーやいろんなスポーツを楽しむ方が多い。当然と言えば当然か。サマータイムでまだまだ明るい時間帯。21時頃、ホテル到着。その後すぐ就寝。

8月1日(日)アトランタ(晴れ?)、サンフランシスコ(曇り)

 深夜2時過ぎに警報器が鳴りつづける。その後、放送があるも理解できず。外でみんながドアを開閉している音がしたが、私はそのままベッドに。添乗員さんから「問題ありません」と電話を受け、安心してすぐに眠りにつく。朝、聞くところによると救急車と消防車が9台も来ていてサイレンもうるさかったとか。私は気づかず熟睡。幸せな私。
 5時30分には起床。シャワーを浴び、大急ぎで荷造り、着替えをする。今日は、ホテルに敬意を表してチップに$2置いてきた。6時25分、スーツケースを出し、朝食に。今日は、フルーツを中心にする。
 7時過ぎ、朝礼後、出発。昨日の野球は、8−0でブレーブスの勝ち、松井稼は6回までで3−0だったと。国家斉唱や球場内の雰囲気は良かったと。私は完全休養できたので良かったと自己満足。
 8時過ぎ、アトランタ空港に着くもすごい人。日曜日と言うこともあるし全米第1といわれる空港ということもうなづける。滑走路が7本もあるというし。長い長いチェックを通過し、搭乗口前に9時15分頃やっと到着。9時40分集合という事で解散。私は、電話をかけにいく。岩月さんが、携帯電話を貸してくれると言われたが、「こちらで公衆電話を経験したいから」と丁重に?お断りし、電話を探す。しかし、ない。AT&Tのプリペイドカードをカードで購入しようとするが、こちらもうまくいかず。何度もカードリーダーに通したが、大丈夫だろうか。支払請求が来ないことを祈る。結局、隣の自販機で$10紙幣で購入。
 でも今度は、AT&Tの電話がない。ちょっと歩いたらあったのでチャレンジ。今度は、カードがうまく使えない。結局、ジャパンダイレクトでJCBカードでかける。かみさんに聞くと特に何もなかったようだ。ただ、録画していた(昔を懐かしみ毎週かかさず見ている)ゼータガンダムがサッカーか野球の試合が延長し、10分くらい切れてしまったとか。残念。
 10時30分離陸。機内は寒い。米国人仕様の温度だろう。京都議定書を守れよ。ランチは、有料。小島さんが借りたヘッドホンも$2支払ったようだ。サンフランシスコ到着後のスケジュールを考え、機内でランチを取ることに。私は、サンドイッチにビール。更に体が冷える。機内では、この日記を書いていたが、1時間30分ほどで充電切れ。その後は、ICレコーダーのイヤホンで音楽を聴きながら何度も見た機内誌を英語は分からないが見る。
 時差で3時間時計を戻し、12時10分頃、到着。空港では、中高生位の女の子が、ソフトボールのピッチング練習をしている。誰も注意をしないがいいのだろうか。事務局の森さんなんか写真も撮っちゃうし。加茂さんは、ビデオ撮影も。かわいい子達ではあったが。
 空港を出ると涼しい。秋の気配。サンフランシスコは、1年中いつも同じ気候だが、1日で春夏秋冬を感じることができるとか。その後、レジョンドヌール美術館へ。公務扱いでないので事前学習(調査)をしていなかったので何が目玉かわからなかったが、わかりやすい絵画が多く良かった。ただ、企画展で子ども達を描いた作品には作者の意図がわからなかった。ちょっと気分が悪くなる。気を取り直して、ほぼ全作品をさらっと見る。見学時間を50分程度しかとらなかったのでちょっと時間が短かった。地階は、ほとんど素通り状態。もったいなかった。帰りにストリートアーティストの(美術館前でギターを弾いていた)レオ・キング?のCDを$10で購入。
 ホテルに到着後、荷物はバスの中に置くいたまま、日本人向けの土産屋に買い物に。私が「トルコ石を3種類見せて」と言うと取ってくれ、そのまま行ってしまった。信用してくれているのか、それとも販売価格の$70ほども価値がないということか。真贋が不安になり、結局、私は何も買わず。
 チェックイン後、八木さんと河合さんが散歩に行くというので「連れてって」とお願いする。しかし、トイレで用を足していたら間に合わなかった。河合さんの「いくぞ」という声が聞こえ、1階まで出て行ったのだが・・・。その代わり、最後の(予定)洗濯が無事終了。
 18時からホテル内の日本料理屋でなべ料理。涼しいからOKだろう。日本の夏では考えられないが。
 2時間の会食後、太田さんと森さんと散歩に。20時過ぎの外は、ポロシャツ1枚では涼しいを通り過ぎて寒い。コンビニかドラックストアかわからない店でのチョコレートを購入。その後、ラーメン屋を求めて、散歩を続けるが、寿司屋とうどん屋しかなく。
 その後、インターネットカフェをのぞき、そこで2人とは別れて1人で入る。店員にいくらかと尋ねると「50分で$5」と聞こえた。そのくらいならいいだろうと席につく。早速、ヤフージャパンにアクセスし、メールを確認。いくつか来ており、数件に対して返信。そして、数名に対してメールを送る。しかし、日本語変換は出来なのでローマ字で。みんなわかってくれるかな?ウィルスと間違えられないことを祈るのみ。また、豊田市サイト、私のサイト、小林先生サイトの日記、ヤフーニュース等も確認し、50分弱で切り上げる。清算をすると「$8」と言う。私のヒアリング能力がなかったようだ。「5分で$1」と言ったのかも。それなら計算が合う。
 ホテルに戻るが寒い。熱い風呂を入れ、入浴。ちょっとウトウト。その後、写真データの整理と日記書き。明日の視察は、私の担当。しっかり取り組みたい。0時15分就寝。

8月2日(月)サンフランシスコ(曇り)、デービス市(晴れ)

 8時集合。昨日から電車?地下鉄?の音がうるさいと思っていたが、光岡相談役に「エレベーターの音ではないか」とご指摘いただき、勝手に納得。ミーティング後、ホテルを出発。約2時間の予定で出たが、フリーウェイをどんどん飛ばし、9時30分には市庁舎前に到着。
 担当者が出迎えてくださり、ちょうど議会をやっているからと案内してくださった。予定にはなかったが、早く着いてラッキーと言う感じ。運転手の岡本さん、ありがとう。彼はこちらに来て15年。22歳の時に来たとか。ということは、私と同じ37歳?
 議場は、こじんまりとした感じだったが、市民の意見陳述者が4名いた。あとから説明を聞くとコカインだったか、マリファナだったか忘れたが、医療目的の使用は、許されているのだが、その販売が市内で行われていないので、それができるようにして欲しいというものだった。今日は、15分ほどの会議の予定が、2時間もかかったとか。そして、簡単には結論を出せず、持ち越しになったと言う。
 10時過ぎ、議会が終了し、議員から市長に選ればれたルース女史と名刺交換。議員は5名で任期は4年。2年おきに2名と3名の改選を分割して行い、選挙で得票の多い者が、その年の副市長に、2年後に市長になるとのこと。ルース女史は、フィリピン出身で、1968年にデービス市に来たということだった。そして、市長となった(であった?)ご主人と結婚されたそうだ。結婚されてから来られたのだったかな?
 市長になると始めに2年間で何をやりたいか表明するとのこと。
 そして、環境問題の概要を説明いただいたのだが、時間がだいぶ過ぎ、ちょっと心配になったのでサスティナブルコミュニティのことは大丈夫か確認する。その後、サスティナブルコミュニティ、ヴィレッジホームズ、自転車道等の説明もしていただき、質疑応答も。私と岩月さんと光岡相談役ばかりが質問。他の団員の方、質問を我慢していただき?ごめんなさい。
 12時となり、市長も交えて昼食会(ランチミーティング)となる。会場は、日本料理「おおさか」。私は、とんかつを注文。来るのが一番遅く、心配する。
 ランチミーティングでは、市長さんの前に席を譲っていただき、市長職のこと、議会のこと、自転車道のこと、様々なことを質問し、お答えいただく。食後、バスでヴィレッジホームズへ。1時間程度、エリア内を歩いて見て回りながら説明いただく。また、設計士(建築家?)の方の住居も見学させていただく。14時30分頃、デービス市庁舎を出発。帰路、車窓を撮影しながら1時間強で16時前にはホテルに到着し、画像、音声データ整理と入浴。
 18時集合で夕食に。会場は、歩いて10分程度の距離。今日もアトランタ同様、コース料理を選んで食べた。案の定、お腹いっぱい。はちきれんばかりの腹。どうしよう。
 夕食後は、加茂さん、太田さんとチャイナタウンに散策に行く。21時30分頃、帰途に。タクシーを拾うも1台目は乗車したにもかかわらず行き先を告げると「行けない」と乗車拒否。2台目はちゃんと送ってくれた。
 その後、3人別れて、私は昨日行ったインターネットカフェへ。席につくとディスプレイにはちゃんと5分$1とあった。ちゃんと見なければね。昨日のメールに対して返信あり。ローマ字を読んでくれたんだ。また、後輩から初メールがきていた。40分弱で終了し、$8取られるつもりで$10紙幣を出すと時間を計算し、レジは$6となっていた。ラッキー!?
 23時前に部屋に入り、昨日同様、寒かったので熱めの風呂に入る。また、湯船で寝てしまった。昨日より長めに。そして、日記を。0時30分には就寝。

8月3日(火)サンフランシスコ(曇り)、サンノゼ(晴れ)

 5時30分起床。荷造りをしつつ、「きく」がオープンする6時半を待つ。そして朝食。7時10分には部屋に戻ってしまい、15分にポーターが荷物を取りに来て顔を合わせてしまったので仕方なく$1チップを渡す。さも当然のように受け取る。
 8時集合で10分前にロビーに。チェックアウトをせずに行こうと思ったら、「ちゃんとせないかん」と言われる。何故か、私は、有料サービスを受けなかったらチェックアウトをしないでいいと思い込んでいた。添乗員さんが言ったと思ったのだが、夢を見ていたのか。
 8時過ぎにホテルを発ち、10時前の約束だったのだが、運転手の岡本さんの頑張り?で、またも早く到着。それも1時間近くも時間がある。さすがに早すぎ、先方に確認するも担当者が出勤していなく、それぞれ、近くで時間を取る。私は、太田さん、神谷さん、森さん、河合さんと近くのコーヒーショップでホットチョコレートを飲む。
 視察先であるチョイシーズ・フォー・チルドレンは9時45分くらいから11時20分くらいまで対応していただく。組織としては、NPOで連邦、州政府から助成金をもらい、そして、助成も含めて、それぞれのプログラムを実施するという状況。サンノゼ、およびこの地域での存在意義は認めつつも、日本の税制面、社会風土を考えた時に豊田市で生かせるかどうかは、検討しなければならない。非常に難しいのではないかという実感。
 その後、市内でランチを取る。はやり、ボリュームとしてはアメリカンサイズ。デザートをほとんど残すが、腹12分目である。

 サンノゼ市議会では、12時45分からパット・ダント副市長が対応してくださる。議員定数は、11名でそのうち10名の議員は各選挙区で1名選出され、市長(議員も兼務する)は、全市で選挙となる。そして、副市長は、議員の中から市長が2年任期で任命する。定例会は、毎週、火曜日の13時30分から第1、第3火曜日は、19時からも開催される。
 今日は、13時30分まで説明をいただいた後、議会の傍聴もさせていただく。会議に先立ち、民族舞踊の披露があり、また、私達(高木団長)の紹介もあった。会議の前には、星条旗に向かって敬礼(宣誓)?して始まる。
 会議は、多くの市民が入れ替わり、立ち代り、意見を述べる。平日の昼にもかかわらず、傍聴者も多数。あとで通訳さんに説明いただいたのだが、市民の意見陳述は図書館の蔵書を増やして欲しいということだったらしい。14時20分頃には、議場を後にする。
 17時59分にサンフランシスコ空港を出発予定だったが、若干時間ができたので比較的近い、スタンフォード大学を見学することに。15分くらいしか時間がなかったが、散歩、写真撮影等を行い、空港に向かう。空港には、16時過ぎには到着。私は、今度こそと思い、プリカで電話をかける。何とか成功。かみさんに聞くとアメリカで、また、変な日本人が騒ぎを起こしたと言う。困ったものである。SFの画像CD-ROMを購入。中身をチェックしながら日記を書きながら、チェックインを待つが、またしても出発が遅れる。結局、30分遅れで発つ。
 シアトル空港には20時40分頃には到着、しかし、空港を出たのは、21時30分。ホテル到着は、22時過ぎ。もう皆さん、お疲れ。ホテル内で夕食。ステーキだったのだが、焼き加減が適切でなく、多くの団員からクレームが。確認すると時間が遅くなったため、すでに火を通しており、焼き具合が進んでしまったと言う。サービス精神からと理解したい。
 全員での会食後、そのまま、数名で残りの酒、ワイン等を飲む。入浴はしたが、また寝込んでしまい、そのまま、ベッドに、ばたん。0時頃か。

8月4日(水)シアトル(曇り)

 いよいよ、視察としての最終日。当初の予定だったシアトル環境部の視察が午後からになり、その代わり、加茂さんの紹介による自転車道の視察を午前中にしていただく。友人のマイケル氏とその友人、そして、シアトル市職員も同じバスに同乗。10時からの予定だったが、市庁舎で火災報知器が鳴り、エレベーターが動かなくなったということで職員の到着が遅れ、15分ほど遅れて出発。
 数々のポイントを現場視察させていただき、途中、仕込みじゃないかと思うくらい自転車利用者が通過。坂道の多いシアトルでこんな施策ができるなんてうらやましいが、他の議員も何か感じていただけたらいいと思う。大勢は豊田市では無理と言った感じであった。でも、私は、豊田市内での自転車道整備、自転車通行帯整備を何とか進めたいと思っている。12時前には終了し、昼食会場へ。
 午後からのアポイントは14時からだったため、のんびり食事をとり、時間が余ったのでマリナーズの本拠地のセーフィコ・フィールドの見学も。マリナーズは遠征中ということでひっそりとしており、中を見ることはできなかったが、グッズ販売店ものぞく。私は結局何も購入せず。
 14時からは、シアトル市環境部の施策の説明。15時までということで時間を気にしながの説明と質疑応答となる。15時過ぎには終了。次に担当者は交代し、そのまま、シアトルネットの説明に。こちらは、理解できない感じの団員も多数。しょうがないですかね。こちらも1時間の予定だったので時間を気にしつつ。16時頃には終了。時間があれば議場の見学もとおすすめいただき、お言葉に甘える。議場で写真撮影も。セキュリティの厳しい別室もあるというようなことも言っていたが。これで12日間(実質は10日間だが)の視察研修が終了。お疲れ様でした。日程的には非常にハードだったと思う。年配議員にはきつかった思うが、本当にお疲れ様でした。市庁舎とホテルは本当に近く、16時30分には到着。18時30分からの夕食には時間があったので太田さん、神谷さん、河合さん、山田さん、高木団長たちと市内を散策。またも結局何も買わず。
 18時30分ロビー集合。歩いて5分程度の距離の鉄板料理「紅花」に。1人ずつ視察を終えてのコメントをする。アメリカ最後の夜を楽しく、ステーキを含む鉄板料理を満喫。その後、太田さん、光岡さん、森さん、河合さん、岩月さん、高木団長と一緒にジャズバーに。私は、ビールを頼む。皆さんは、それぞれ、しゃれたものを注文。時々、お休みになっていた方もいたが。団長、森さん、河合さんと一緒に捕まえたタクシーで帰る。時間が明確ではないが、23時過ぎには帰ったのかな。その後、入浴、就寝。

8月5日(木)シアトル(晴れ)、帰路 8月6日(金)
 
 10時50分集合だったのでモーニングコールの8時に起床。入浴後、チップを作るためにホテルの店でTCでメイド・イン・チャイナのイチロー人形を購入。9時頃から朝食。遅かったので団員は誰もいないと思っていたが、岩月さん、太田さん、神谷さんと同席する。部屋に帰ってからは、10時に荷物を取りに来ると言うことで荷造り、そして、データ整理、日記書き等。ポーターは15分頃、来た。$1だけ渡す。
 そして時間になり、チェックアウト、集合。団長から「無事に帰りましょう」とあいさつ。11時過ぎ、ホテル発。渋滞を避け、20分程度で空港に。都築さんが、「半旗だけど何かあるか?」と。心配だったが、誰もわからず。半旗じゃないところもあったし。帰国後、考えると、広島の原爆投下の日で半旗?
出国手続きは比較的楽に。すぐ機内食があるということで食事は抜くことに。搭乗手続きまで買い物に。免税店が少なく、悩む。
シアトル時間の14時40分に機は動き出す。15時ちょうど離陸。日本時間は朝の7時。空港では結局、電話できなかった。朝の5時台では怒られちゃうよね。
 帰りもビジネスクラスに乗せていただいたが、行きとは違い、旧式のシート。でも快適に過ごす。
 離陸後すぐの食事(昼食?夕食?)は予約していた和食を頂く。その後、PCで日記作成。バッテリーは2時間持たず。シアトル時間の19時30分に日本時間に時計を直す。あとは、日本の新聞、週刊誌を読み、時間をつぶす。多くの搭乗者はお休みになっていたが、他人の迷惑を顧みず、私は、機内では帰国後の時差ぼけを考え、睡眠をとらない努力をする。深夜?に空腹になったので行きと同じくカップヌードルをお願いするとこの路線(シアトル―成田)にはないとか。残念。
 そして、ほぼ定刻どおり、16時40頃、成田空港到着。名古屋空港まで18時20分発の国内線(この路線は名古屋経由し、グアムまで行くようだが)を乗り継ぐためしばしの休息。そして、定刻どおり、出発。名古屋空港へは、19時30分過ぎに到着。念入りな入国審査を受け、市のバスにて市役所へ。この視察期間中の配付資料等を事務局から受け取る。相当なボリューム。これらの書類の一部の確認をする。
 市役所までかみさんに迎えに来てもらって、22時前には帰宅。

 12日間、大変勉強になった視察であったが、議会事務局職員を含め15名の団員、合計約1650万円の公費を使わせてもらい、今後の施策に役立たせようとするには、私としては不満の残る視察であった。しかしながら、得るものも多かったので、今後、ドンドン、この視察で得た、知識、情報を豊田市政に反映すべく、積極的な提言をしていきたい。